日本100名城ガイド

湯築城

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湯築城を築いた河野氏は、風早郡河野郷を本拠としていた一族。源平合戦で源氏方についた河野通信が鎌倉幕府の御家人として伊予国を任された通盛の時(1335年前後)、温泉郡湯築へと本拠を移し築いた城が湯築城。戦国期の1535年(天文4)に河野通直(弾正少弼)が二重の堀と土塁を巡らして現在の形を完成させた。1585年(天正13)最後の当主通直(牛福丸)は豊臣秀吉の四国攻めによって小早川隆景に降伏し、400年に渡った河野氏の伊予支配は終わりとなった。湯築城は、その後福島正則が城主となったが、正則が国分山城に居城を移したのを受けて廃城となった。なお、1602年(慶長7)加藤嘉明の松山城築城にともない湯築城の資材などが再利用されたという。また、鎌倉時代に時宗を興した一遍上人は、河野通信の孫にあたる。

番号日本100名城 80(日本100名城について
名称湯築城(ゆづきじょう)
住所〒790-0857 愛媛県松山市道後公園
電話089-941-1480(愛媛県松山市道後公園)
交通・アクセス・JR松山駅から路面電車で道後公園駅まで約20分
・松山自動車道「松山IC]から車で約20分
・松山観光港からタクシーで約40分
・三津浜港からタクシーで約30分

【利用時間】
・公園:常時開園 散策自由
・展示施設:9時~17時 入館無料/休館日:毎週月曜日(休日の時は翌日) 12月29日~1月3日
【駐車場】 有料
・西口23台 北口11台

◆日本100名城スタンプ設置場所
・湯築城資料館 

※掲載情報は2014年10月9日現在
HP道後公園「湯築城跡」

湯築城の周辺地図

※地図のピン位置はシステムで自動取得しているため誤差が生じる場合があります。

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管理人は2010年9月10日、湯築城に登城。 » 湯築城の記事を検索