日本100名城ガイド

大分府内城

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府内城は、かつてこの地を治めていた大友氏の居館に1597年(慶長2)入った石田三成の妹婿であった福原直高が、大分川の河港「荷落ち」の地に築城を開始し、2年後には望楼型の四重天守を持つ城の大半を完成させたといわれる。関ヶ原の戦い後、城主となった竹中重利が当初の天守を新式の層塔型へと改めるなどの大改修を行ない、1607年(慶長12)、北側は海、東側は大分川河口の湿地帯を天然の要害として本丸、二の丸、山里丸、北の丸が梯郭式に配置された城を完成させた。その後1743年(寛保3)、城下からの出火で天守ほか多くの建物が焼失し、以降天守は再建されなかった。焼失を免れて明治維新後も残っていた着到櫓や大手門なども戦災で失われ、人質櫓・宗門櫓を残すのみとなっていたが、1965年(昭和40)に大手門と4基の櫓が復元され、翌年西丸と山里丸を結ぶ廊下櫓が復元された。

番号日本100名城 94(日本100名城について
名称大分府内城(おおいたふないじょう)
住所〒870-0046 大分県大分市荷揚町73-75
電話097-534-6111(内線2093 大分市教育委員会)
交通・アクセスJR日豊線「大分」駅から徒歩15分

【城址公園】
 ・公園内随時散策自由
【駐車場】
 ・市役所等来庁者専用駐車場

◆日本100名城スタンプ設置場所
 ①大分城址公園内、文化会館北西側の事務所2階出入り口8時~18時
 ②大手門 随時

※掲載情報は2014年10月10日現在
HP大分府内城(大分市ホームページ)

大分府内城の周辺地図

※地図のピン位置はシステムで自動取得しているため誤差が生じる場合があります。

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