日本100名城ガイド

赤穂城

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赤穂の地には古くから城が存在していたが1645年(正保2)浅野長政が赤穂に入り、熊見川の河口の三角州の地に1648年(慶安1)幕府から築城許可を得て13年後の1661年(寛文1)、星形に似た曲輪を持つ海に面した平城として完成をみた。築城にあたり家臣の甲州流軍学者近藤正純の「横矢を生かすための折れを多用した縄張り」が特徴であり、さらに山鹿素行(山鹿流軍学の祖)が築城途中であった二の丸虎口周辺の手直しを行った。天守台はあるが天守は造られず、曲輪の全周は鈍角の折れと短い直線で防御機能の強化を図っている。1694年(元禄7)に断絶した水谷氏の備中松山城を家老大石良雄(内蔵助)が受取りを行ったが、1701年(元禄14)松の廊下事件で浅野氏断絶。今度は城の明渡側になるとは予想だにしなかっただろう。1883年(昭和58)から発掘調査が行われ大手門等復元が行われている。

番号日本100名城 60(日本100名城について
名称赤穂城(あこうじょう)
住所〒678-0235 兵庫県赤穂市上仮屋
電話0791-43-6962(赤穂市教育委員会事務局生涯学習課文化財係)
交通・アクセスJR播州赤穂駅から徒歩20分

【開園時間】
・本丸以外は無休 本丸は9時~16時30分(入園は16時まで)
【料金】
・無料
【休園日】
・本丸以外は無休 本丸は年末年始12月28日~1月4日

◆日本100名城スタンプ設置場所
・本丸櫓門下

※掲載情報は2014年10月9日現在
HP国史跡赤穂城跡(兵庫県赤穂市)

赤穂城の周辺地図

※地図のピン位置はシステムで自動取得しているため誤差が生じる場合があります。

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